音庫知身~ある男の音楽体験史~

夫の音楽体験の歴史を辿る!どのように音楽を聴いてきたのか!?心血を注いだ音盤・楽器・機材などを紹介していくブログ

【 ジャン&ディーン/サーフ・シティー 】~端正なルックスと鋭い戦略でミュージックシーンを乗り切った彼らの優れた波乗り戦略とは?~

 

夫の音楽棚を購入した順番に紹介します!23枚目

本日の棚からひとつまみは「J」列から、「ジャン&ディーン/サーフ・シティー」。

1963年リリース。行きつけの中古レコード店でオリジナルアルバムをミントコンディションの状態(新品に近いもの)で購入。当時で5000円した。最初躊躇したが、お店の中を30分ウロウロして、最後は「今、買わないでいつ買うの?」ってもう一人の自分に急かされて購入。「サーフ・シティー」が聴きたくてしょうがなかったからだ。

 ※人物名は敬称略

 

 

「ジャン&ディーン/サーフ・シティー」  


サーフ・シティ

 

 

テレビやラジオ、街角で流れていた曲で

 

「これ、誰の何て曲だろう?」

 

と気になっても分からずに、ヤキモキした経験は誰でも1度や2度はあるのではないか?

 

 小学校の時、数10秒のテレビCMで流れて誰の何の曲だかも分からず、運が悪いことに何のCMかも分からなかったので、探しようにも探し出せない曲が何曲かあった。

 

後年、その中の一曲がこの「サーフ・シティー」だったと分かった。

 

 

音楽の旅を続けていく中、ある時ラジオで偶然にそれを聴いた。

ビーチボーイズブライアン・ウィルソンの特集番組を聴いていたら、DJが曲をかける前にこう言った。

 

「次は、ブライアン・ウィルソンが友人だったジャン&ディーンに提供して、自分自身の曲としても初めての全米ナンバーワンになったこの曲! サーフ・シティーです!」

 

「Two girls for everyboy~♪」

 

この出だしのコーラスとサウンド!自分の身体に電流が走るような感覚を覚えた。

 

「あ、あの時の曲!!」

 

数日後、レコード屋に走るもタワーレコードに行ってもこの曲は見つからなかったので、行きつけの中古レコード屋に直行。

 レジカウンターの後ろの壁の上の方を眺めるとそのレコードが鎮座していた。

 

「あ、あった!」

 

長年探して求めていた音楽との再会。もう聴きたくてしょうがなかったので状態のいい中古品を5000円で購入。

 

しかし、彼らのサーフミュージックを聴きたかった自分にとっては、アメリカ各都市を扱った有名曲のカバー中心のこのアルバムは正直期待外れだった。

でも、私にとっては「サーフ・シティー」1曲を聴くだけでも5000円以上の価値はあった。

 

当時の音楽シーンはシングルヒットが出てナンボの世界。アルバムはシングルヒット2曲と10曲くらいの捨て曲を抱き合わせにしたような作りのものがほとんど。

そんな彼らは典型的なシングルヒットメーカーだった。

「サーフ・シティー」の他にも「ホノルルルル」「ライド・ザ・ワイルド・サーフ」「デッドマンズカーブ」「パサディナのおばあちゃん」等など…シングルヒットがまぁ~カッコイイ曲が揃っている。

 とはいえ聴いた感じ、彼らの曲はビーチボーイズとほとんど変わらないような気も…。

 

一聴すると、サザンと桑田佳祐のソロの違い以上に違いが分からない(^^ゞ

 

ジャケット写真で見る限りでは、彼らはビーチボーイズのメンバーよりルックスも良く、ステージ栄えしそうだし、シングルヒットした楽曲はホーンやストリングスなどを大胆に使っており、ビーチボーイズの単なるモノマネに終わらないスマートさとドラマティックさがある。

 

 

当時読んでいた「ビーチボーイズリアルストーリー」にはジャン&ディーンがブライアン・ウィルソンと知り合って、お互いにとって初のナンバーワンヒットを生むまでの過程が描かれている。

 


ビーチ・ボーイズ―リアル・ストーリー〈上〉

 


ビーチ・ボーイズ―リアル・ストーリー〈下〉

 

ビーチボーイズより3年も前にデビューをし、すでに「Baby talk」というベストテンヒットもあった彼らは当時ヒットに恵まれず、新しい「波」を探していた。

そんな中、ライブイベントでビーチボーイズの音楽を聴いたジャン&ディーンは彼らの音楽に興味を持ちブライアン・ウィルソンに急接近、仲良くなった。

 

そんなある日、ジャン・ベリーが、

「ここらで大きなヒットが欲しいんだけど、なんかいいアイディアはない?」

とブライアンに訊いたら、ピアノの前に座っていたブライアンが後の彼らのヒット曲「サーフィンUSA」を聞かせた。ジャン・ベリーはその曲をいたく気に入って、その曲を自分たちに歌わせてほしいと懇願したが、

「これは自分たちの新曲だから駄目だよ。でもまだ未完成だけどこんなのがあるんだけど…」

って代わりに弾いたのが「サーフ・シティー」だった。

その曲もジャンは気に入り、ブライアンと共同でその曲を仕上げたそうだ。

 

ブライアンもレコード会社が禁じていたにも関わらずこの曲のレコーディングまでサポートして、リリースしたら、この曲がグループより先にチャートのナンバーワンを取ってしまった。

当時ビーチボーイズのマネージャーで実父のマレー・ウィルソンは、

 「あんな奴らにヒット曲を渡すなんて!なんてことを、あいつらは海賊だ!」

と言ってこの事態に激怒したという。

(ヒット後にこの話を聞いていたジャン・ベリーは、ビーチボーイズと同じライブイベントに参加した時は海賊の衣装を着てステージに上がったそうだ(笑)

 

その後もお互いに良きライバルとして交流を続けて、ビーチ・ボーイズとともにこの当時最先端のサーフィン&ホッドロッドブームの立役者となった。

 

ジャン&ディーンは鋭い臭覚で時代の波を知り、いち早く取り入れいい波に乗り成功を収めた。

 

こう書くと彼らが単なる流行りもの好きの軽薄な人間のように取られそうだが、肝心の音楽を聴けば、当時雨後の筍のように表れたビーチボーイズのクローンとは間違いなく一線を画する。今聴いても十分キャッチーでスリリングな曲ばかりだ。

それを是非、自分の耳で確かめてほしいと彼らのファンである私は強く願う!

 

彼らは売れるためだけに戦略を立て実行したのではなく、良い音楽を作り、広く聴いてもらうため、時代のニーズをいち早くキャッチし、優れた波乗り戦略をしていたように私には思える。

 

 

※「Baby talk」が1959年、「Surf city」が1963年の曲。

同じアーティストがたった3年の違いでこんなにも変わった!

 

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購入履歴22枚目の記事はこちらです。 

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『音庫知身』ー妻からひとことー

これは初めて聴いた時、歌い出しでビーチボーイズだと思ってしまったくらい完コピの仕上がりだった。

日本でも、よくコピーバンドとかを目にするけど、やっぱり昔からあるんだなーと思った。デコさんに話を聞くと、みんな友達としてつながりがあってお互いにカバーし合っていたらしいから。

でも、新しい音楽シーンを作り出すのに夢中になっていた若者は、その時代を競っていながらも心底楽しんでいたに違いないと思う。 

 

 

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